大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(特わ)1013号 判決

主文

被告会社T観光株式会社を罰金六〇〇〇万円に、

同有限会社D観光を罰金一五〇〇万円に、

同有限会社S商事を罰金一三〇〇万円に、

同有限会社Yを罰金三二〇〇万円に、

被告人Rを懲役一年六月に

それぞれ処する。

被告人Rに対し、未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。

訴訟費用は各被告会社及び被告人Rの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社T観光株式会社(以下「被告会社T観光」という。)は、東京都八王子市南町に本店を置き、個室付浴場の経営などを目的とする資本金五〇〇万円の株式会社、被告会社有限会社D観光(以下「被告会社D観光」という。)は、神奈川県横浜市中区福富町に本店を置き、前同様の経営などを目的とする資本金三〇〇万円の有限会社、被告会社有限会社S商事」という。)は、同市中区福富町に本店を置き、前同様の経営などを目的とする資本金三〇〇万円の有限会社、被告会社有限会社Y(以下「被告会社Y」という。)は、神奈川県川崎市川崎区堀之内町に本店を置き、前同様の経営などを目的とする資本金一〇〇万円の有限会社であり、被告人R(以下「被告人」という。)は、右各被告会社の実質経営者として右各会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、右各被告会社の業務に関し、各被告会社の法人税を免れようと企て、入浴料収入の一部を除外して簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、別表記載の各被告会社の各事業年度における実際所得金額が同表記載のとおりであつたのにかかわらず、同表記載の申告日時に同表記載の所轄税務署において、同税務署長らに対し、各被告会社の各事業年度の所得金額及びこれに対する法人税額がそれぞれ同表記載の申告所得金額及び申告法人税額である旨の虚偽の各法人税確定申告書をそれぞれ提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同表記載のとおり各被告会社の各事業年度における正規の法人税額と右申告税額との差額をそれぞれ免れたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

〔争点等〕

弁護人は、本件において被告人が各被告会社の実質経営者であるからといつて法人税法一五九条一項及び一六四条一項の「その他の従業者」には該らないので本件は無罪である旨主張し、仮に同条項に該当するとしても、逋脱所得額を争う。被告会社T観行は、賃借営業建物の家主に対し裏家賃として毎月三〇〇万円、三事業年度合計金一億八〇〇万円を支払つていたので右金額として控除すべきであり、また、被告人において各被告会社から報酬を受領していなかつたのであるから、合計七五〇万円を毎月損金として控除すべきである。更に、簿外売上を加算された本件においては、その金額に按分比例して簿外交際費をも増額すべきである旨主張する。

検察官は、本件逋脱所得の内容において入浴料収入の除外分の加算の外、寄付金の損金不算入額の益金加算を主張している。

右の諸点につき、当裁判所は次のとおり判断した。

(判断)

(弁護人の無罪の主張に対する判断)

弁護人は、本件公訴が第一に、実質的経営者たる被告人が法人税法一五九条一項及び一六四条一項にいう「その他の従業者」に該ることを前提としているが、右は法律解釈を誤つたものであつて、右被告人は同条にいう身分を有せず、従つて、本件犯罪を構成するに由なく、第二に、右の如く、すでに行為者処罰の根拠を喪失した場合、業務主たる法人、すなわち本件各被告会社に刑事責任が及ぶいわれは存しないから、結局、本件起訴は「被告事件が罪にならないとき」に該当するので無罪の判決が下さるべきものである旨主張する。

おもうに、法人税法一五九条一項及び一六四条一項の「その他の従業者」とは、法人との間に雇傭その他の契約の有無を問わず、事実上その法人の組織内にあつて、その法人の業務の運営実施に従事し、法人の統括監督に服すべき立場にあるすべての者をいい、従つて、代表取締役でない実質的な経営者、あるいは事実上の会社業務の統括者も、右「その他の従業者」に含まれるものと解するのが相当である。

被告人は、叙上認定のとおり、各被告会社の実質経営者として各被告会社の業務を統括し、本件法人税逋脱の実行行為にあたつたものであるから、右条項の「その他の従業者」に該ることは明らかである。

よつて、弁護人の主張は採用することができない。

(損金として控除せらるべき裏家賃が存在したとの弁護人の主張について)

一弁護人は、被告会社T観光が賃借営業建物の家主であるNに対して、昭和四九年ないし同五一年にわたり、売上除外金のうちから、いわゆる裏家賃として毎月金三〇〇万円、合計金一億八〇〇万円を支払つていたから、税法上、右金員は逋脱所得から当然控除さるべきである旨主張するので検討することとする。

Nの検察官に対する供述調書、Lの検察官に対する昭和五三年四月二五日付各供述調書、証人Lの当公判廷における供述、証人Nの当公判廷における供述、被告人の検察官に対する各供述調書、証人Wの当公判廷における供述、被告会社代表者Hの当公判廷における供述、被告人の当公判廷における供述、各登記簿謄本によれば次の事実が認められる。

被告人はNとともに昭和四七年五月一〇日、資本金五〇〇万円で、各自五〇パーセントづつを出資して被告会社T観光を設立し、両名とも代表取締役に就任して、同年一二月頃、個室付浴場(以下「トルコ風呂」という。)を経営するために川崎A店と横浜A店を開業した。そして右被告会社は、公表上の報酬として毎月一〇万ないし二〇万円程度を支給し、かつ、右建物のうち、川崎A店は被告人の、横浜A店は右Nが代表取締役をしているS工業株式会社の各所有であつたため、家賃として川崎店につき当初一〇〇万円を支払い、その後一五〇万円から更に値上して一七〇万円を、横浜店につき、当初一〇〇万円がその後二〇〇万円を、各公表上、被告人とS工業株式会社に毎月各支払つた。

しかしてその後、トルコ風呂営業が順調であつたところから、Nは、利益金の一部をもらおうと考え、被告人に対し「商売もよさそうだから少し位出してくれてもよいのでないか」と申しいで、同人もこれを承諾した。そこで、昭和四八年の初め頃から、地代家賃とは別に、儲けから裏で金を取ることとし、売上除外により捻出した裏金(以下「裏金」という。)から、被告人、Nの両名は、各毎月三〇〇万円の金員を受取ることとなつた。

ところが、その後、右会社経営につき両名の意見に齟齬を生じたため、昭和四八年九月頃、被告人はNに対し、爾後、共同経営をとりやめ自分に経営を任せてもらえば、その代りに、従来どおり裏金から毎月三〇〇万円を支払うことを申しいで合意が成立しNが代表取締役を辞任したため、その後、被告人は被告会社T観光の経営を一手に掌握し、裏金を自由に管理運用できるようになつた。そこで被告人は、爾後、自らの毎月の三〇〇万円の金員は受けることをやめるとともに、Nに対し、それ以来、裏金から毎月三〇〇万円の金員を支払うようになつた。その後、昭和四九年初め頃、川崎A店が営業停止となつた数ケ月間は、儲けが落ち込んだという理由で、裏金からNに支払われる金額は一〇〇万円ないし二〇〇万円に減額されている。

被告人は、昭和四八年夏頃、売春防止法違反で処罰されたことを契機として代表取締役を辞任するとともに、昭和四九年に至つて、同様のトルコ風呂の経営を行なう被告会社D観光、同S商事、同Yを各買収したが、いずれも登記簿上の役員とはなつていないが、出資者として右各被告会社の実質的な経営者であつた。被告人は、各被告会社から集めた裏金から随時適宜、金額も定めずに必要に応じ使用し、一方、Nに対しては昭和五二年一〇月、国税局による査察調査が入るまでの間、毎月三〇〇万円を右裏金から支払つていた。右金員以外に、公表上全く利益配当はしていない。

以上の各事実を認めることができる。

右認定に反する証人Nの当公判廷における供述は、同証人が国税局係官の質問に対し裏金について「Rさんの立場もあると思い、心ならずも嘘をついたのです」と供述している同人の検察官に対する供述調書の記載や、同人が本件裏金の受領についてその事実を認めて修正申告をしたのは、被告人において、本件裏金につき、従来、国税局の査察調査の段階で主張していた「TOに対する顧問料」である旨の主張が嘘であつたことを認めて、それはNに対して支払つたものである旨供述を変更したことから、これに応じてなされたものであること、同人と被告人とは長年の交際があり、被告会社T観光も両名が共同して出資して設立したものであること等と対比すれば、同証人の被告人の面前における公判廷の供述は措信できないといわねばならない。

二右認定の事実によれば、Nが被告会社T観光から簿外で毎月受領していた三〇〇万円は、同人が代表取締役を辞任し経営権を放棄したことの代償として、同会社の利益の分配を受けていたものと認められる。それは、税法上は、被告会社T観光が株主であるNに対し、その出資者たる地位に基づいて会社の資産を交付する場合であり、資本等取引として法人が行なう利益の分配(法人税法二二条五項)に該る。同条項は法人が確定した決算において利益または剰余金の処分により配当した場合に限らないから、本件は、講学上の、いわゆる「隠れたる利益処分」ということができる。

三弁護人は右三〇〇万円が裏家賃である旨主張するが、しかし、横浜A店に比し川崎A店の方が建物も大きく立地条件も良く、客の入りも良い(証人Lの当公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書)のに、公表上毎月支払つていた家賃は、川崎A店が昭和四八年頃一〇〇万円、同四九年頃一五〇万円、同五〇年頃以降一七〇万円であつたに対し、横浜A店は昭和四八年頃一〇〇万円、同四九年二月頃から二〇〇万円、同五二年一〇月頃から三〇〇万円に値上げされて支払われていることや、更に、被告会社D観光が横浜において建物を賃借してトルコ営業をしていた「Bトルコ店」は、横浜A店より土地建物ともに大きいのに賃借料が昭和四九年末頃二〇〇万円、同五二年三月以降二五〇万円であつて、横浜A店とほぼ同額であること、川崎A店が営業停止となつた昭和四九年初め頃の数ケ月間は、利益が減少したとされて月一〇〇万円ないし二〇〇万円に減額されていること、被告人自身においても、横浜A店の公表上の賃借料は相場からいつて妥当な家賃だと思う旨供述していること、N自身も、二〇〇万円という額は家賃地代としては満足のいく額であり安いとは思わないし、これとは別に毎月三〇〇万円くれる裏金は家賃・地代ということではない旨供述していることを併せ勘案すれば、本件三〇〇万円が裏家賃であるとは到底おもわれず、右弁護人の主張にそう被告人の当公判廷における供述は措信できない。

また、弁護人は、Nにおいて右金員の受領が発覚したため昭和五三年五月当時、S工業株式会社名義をもつて合計金一億八〇〇万円を家賃収入として所轄税務署に修正申告書提出済であることを以て、右金員が裏家賃である証左の一つと主張するが、しかし、法人税法上、右取引の相手方の勘定科目の記載如何によつて右金員の性質を左右するものではないから右主張は採用できない。

以上のとおりであるから、Nに対する毎月三〇〇万円の支出金は、被告会社T観光の所得計算上損金となり得ないので、弁護人の主張は採用できないといわねばならない。

(被告人に対する認定貸付金中、一定の金額を報酬として給付されたものと認定すべきである旨の弁護人の主張について)

一弁護人は、国税当局が、被告人において裏金のうち、簿外経費を差引き費消した金員を、各被告会社の被告人に対する認定貸付とした貸付金のうちの一部は、被告人に対する報酬として認定すべきである旨主張する。それは、被告人が昭和四七年五月より同四七年九月までの間、被告会社T観光より簿外の報酬として受領していた月額三〇〇万円を基礎とし、検察官認定にかかる各被告会社の売上割合等に基づき按分比例したT観光四〇パーセント、D観光二〇パーセント、S商事一〇パーセント、Y三〇パーセントの割合に照らして、それぞれ三〇〇万円、一五〇万円、七五万円、二二五万円の毎月合計七五〇万円を損金として控除すべきであるというにある。

よつて検討するに、被告人の当公判廷における供述によれば、昭和四八年一〇月に被告会社T観光の代表取締役を辞任してからは、各被告会社からは、一切、給付を受領していないし、金員が必要な時、裏金から適宜費消したが、その時期、金額も一定せず、予め定めてもいなかつたし、また、他の役員の承諾も得ていない、株主であるがこれまで株主としての配当は全然受領していない旨供述するとともに、右貸付金と認定されたことにつき、それは国税局係官において、被告人が費消した裏金につき、事後の処理として“認定貸付金”という形式をとつたにすぎず、当初から金銭貸付契約があつてなされたものではない旨供述している事実が認められる。

右によれば、認定貸付なる実態は、被告人が各被告会社の裏金の一部をほしいままに費消したことにつき、国税局係官より本件発覚後の事後の処理として、各被告会社から被告人に対する金銭の貸付と想定したにすぎず、貸付金の存在は全く架空のものであつて事実の貸付契約が存在したわけではない。そこに真実存在するものは、被告人において、自己の必要に応じ裏金を適宜、金額も一定せずに費消したという事実のみである。

ところで、税法上、役員報酬(法人税法三四条二項)と役員賞与(同法三五条四項)との区別は、その給与の支給が定期的かまたは臨時的かによる「形式的基準」のほかに、予め役員の業務執行の対価として定めてあるかどうかという報酬性・対価性というべき「実質的基準」の双方を具備するか否かによつて判定すべきものと解すべきところ、本件は、右金員の費消につき、定期的ではなく臨時的であることは明らかであり、金額も一定していず、かつ、予め業務執行の対価としてそれが定められているものとも認められないから、結局、費消した金額のすべてが役員報酬とならないことも明らかである。

被告人は、叙上認定のように、各被告会社の実質経営者として認められるので、当該法人の経営に従事しているものとして税法上役員とみなされ(法人税法二条一五号、同法施行令七条)、従つて、本件は役員に対する利益処分たる役員賞与(同法三五条一項、四項)となる。

また、他面において、被告人は、各被告会社の出資者であることからみれば、本件は、前記Nに対する「隠れたる利益処分」と同様に、各被告会社が、株主である被告人に対し、その出資者たる地位に基づいて会社の資産を交付したものとして、法人の行なう利益の分配としてのいわゆる「隠れたる利益処分」となるものともいい得る。

従つて、右のいずれにおいても利益処分であるので、被告人の費消した本件金員は損金たり得ないといわねばならない。

二弁護人は、検察官が本件において被告人の簿外給与を全く認めておらず、昭和四八年九月頃まではNとともに、売上除外金から各三〇〇万円位づつ受取つていたのであるから、それ以降は被告人において簿外給与は認めないとするのは不自然であり、当然報酬を受け得べきものであると主張する。

右の主張は、要するに、被告人において、実質的に会社の経営に従事しているのに、何ら損金たる報酬を認定しないのは不当であるというにあるものとおもわれる。

しかしながら、報酬は当然に受け得るというものではなく、税法上は予め定められていることを要すること叙上説示したとおりであり、また、被告人は当公判廷において、役員を辞任後は報酬をもらわなくなつた旨供述しており、その反面、各被告会社の裏金を随時、適宜、費消していた実情にあるから、それは視点を変えれば、本来、被告人の所得として所得税の対象となるべきところ、国税局係官において「認定貸付」と称して貸付を擬制し、右金員と法人に返還させて課税をしていない実務上の取扱いをみれば、その取扱いの当否は別論として、弁護人の主張は理由のないことがわかろう。

(公表金額と差引修正金額の差の増加額に伴う交際接待費の按分比例による増加分を損金として控除せらるべきであるとの主張について)

弁護人は、各被告会社の売上額につき、逋脱額を加算して修正金額を算出しているから、売上(入浴料収入)が増額される以上、それに按分比例して右交際接待費をも増額されるべきであり、右増加分を損金として当然控除せらるべきものと主張する。

被告人の当公判廷における供述によれば、「(裏金を使うとき)私の交際費として使つておりました」と述べ、簿外とされた交際費につき、後に、この事件で問題になつてから認めてもらつたかとの問に対し「ほとんど国税のほうでは認めていただきましたけれども、検察庁に回つてからはほとんど全部けずられたとおもいます」旨の供述がある。

しかしながら、右の国税局で認めてもらつたと称する金員は、後記罪証隠滅行為の項で明らかにするとおり、真実ではなく、また、簿外で支出されている経費については、被告人の所持していた手帖に記載されていた金額を、被告人の供述に基づいて確定した事実が認められ、それと「被告会社の経費は領収証の取れる公表に経費として計上出来るものは出来るだけ公表で計上し、やむを得ないものだけを簿外から支出した」と供述していることとを併せ考えれば、他に簿外の交際接待費の存在を認めることはできない。

存在する事実の認められない交際接待費を、簿外売上が加算されたことにより、当然に按分比例して増額する根拠はないといわねばならない。

(寄付金及び寄付金の損金不算入額の否認について((簿外政治献金の寄付金としての法的性質)))

一検察官は寄付金勘定のうち「簿外でのX党に対する政治献金」を以つて同勘定に該当するとして計上するとともに、寄付金のうち、損金算入限度額を超過する額を益金として計上し、右は逋脱所得を構成する旨主張する。そして、被告会社T観光については、寄付金につき昭和五一年二月期の三八〇万円が寄付金に該当するとともに、他の一般寄付金と併せた損金算入限度額を超過する額一〇三万四九二三円を以つて寄付金損金不算入額として計上している。同様に、被告会社D観光については、同五〇年一〇月期の寄付金一九〇万円、損金不算入額七四万六八〇一円を、被告会社S商事については、同五一年六月期の寄付金七〇万円、損金不算入額八万九四八二円を、被告会社Yについては、同五一年四月期の寄付金二八五万円、損金不算入額一一二万八〇八五円を各計上している。

検察官作成の各捜査報告書、被告人の昭和五三年五月六日付供述調書、被告人の当公判廷における供述によれば、X党の関係者であり、被告会社T観光の名義上の会長であつた亡ATから、政党筋に金を持つて行つておくとトルコ業を営むうえにおいて何かと有利であるといわれたので、X党S県本部へ昭和四九年七月一五日に五〇万円、同五〇年六月一日に二五〇万円、同年七月一四日に七〇〇万円の合計一〇〇〇万円を渡したものであることから、検察官において、各被告会社の損金算入割合につき、各売上割合による按分割合、T観光四〇パーセント、D観光二〇パーセント、S商事一〇パーセント、Y三〇パーセントを以つて算出したことが認められる。

二ところで被告人の当公判廷における供述、被告人の昭和五三年五月六日付供述調書、被告会社代表者H、同Oの当公判廷における各供述、Kの検察官に対する供述調書、日某両国親善を目的とする文化交流に貢献した事実を立証するための書面によれば、亡ATはX党の外郭団体に籍を置く政党員として活躍していたものであること、本件金員の支出につき、被告人は、トルコ風呂を経営するにつき直接必要な金と思つてX党という政治団体への據金(以下「政治献金」という。)をしたわけではない旨供述していること、本件支出に際しては、ATから一〇〇〇万円の政治献金を申込まれ、支払先は、被告人がS県に居住しているからX党S本部がよいといわれたこと、被告人にとつても個人として何かと便利になろうし、願いごとの際にも都合がよいということで被告人は自らの居住地であるS本部へ政治献金したものであること、右政治献金については、他の各被告会社の役員等と何ら協議することなく、被告人個人で決めたこと、右金員は、裏金から支出し公表に計上しなかつたものであること、右政治献金については政治資金規正法による届出もなく、領収書も徴していず、右書面を催促したこともなく、その金が実際にS本部に渡つているか確認もしていないことの各事実を認めることができる。

三右によれば、本件政治献金は、裏金から捻出された金員によつたものであつて、公表帳簿に記載されていず、被告人自身もこの金が各被告会社の事業遂行に直接必要な支出とは考えていなかつたものと認められる。

ところで、法人税法上、政治献金は法三七条の「寄付金」のうちの一般寄付金に該当するというべきところ、法は、内国法人が寄付金を支出した場合において、その寄付金の額につき、その確定した決算において利益処分による経理をしたときは、その経理をした金額は、所得金額の計算上、損金の額に算入しない旨規定しているが(法三七条一項)、同規定の趣旨は、内国法人において事業遂行に直接関係がないとして公表帳簿に記載せず簿外で支出した場合をも含むと解するのが相当である。けだし、一般に法人が利益処分以外の方法により支出する寄付金の中には、法人の業務遂行上明らかに必要な寄付金と必要であることが明らかでない寄付金とがあり、後者は、多分に利益処分とすべき寄付金を含むと考えられるが、しかしながら費用性を有するか否かの判定が困難であることに鑑み、法は、先ず費用性の有無の判断を当該法人に委ね、確定した決算において利益処分による経理をしたときは、費用性がないものと認めて支出したのであるから所得金額の計算上損金に算入しないが(法三七条一項)、その反対に、当該法人において損金に計上すれば、費用性を有するか否かを問わず一定の形式的基準を設けて損金算入できる限度を定めたものと一般に解されていることに鑑みれば、当該法人において損金経理をせず簿外で支出したような場合には、自ら当該寄付金の支出についての費用性の判定を要しないとする利益を放棄したものといい得るから、それは当該法人において利益処分による支出をしたものと推認されるので、従つて、同金額は所得の金額の計算上、損金の額に算入しないということができるからである。

四このように解しても、そもそも営利を目的とする法人が、寄付金を何ら対価もなくして支出する意義は、法人が社会を構成する社会的実在として社会的作用に属する活動をすることが一般に期待されているところに寄付金の本質を求むべきであるから、脱税という不正な手段によつて得られた汚れた金員を以つて簿外で政治献金をしても、政治献金の目的である政党、協会その他の団体等の政治活動の公明を図り、選挙の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄与するための清廉な政治家は、とうてい育成できないからである。もし、このような寄付金を是認し損金算入を認めるとすれば、国家は、かかる不正な手段について、これを補助する結果ともなるのである。国が法人制度という社会的必要を認めて法によつて人格が付与されているのであるから、売上除外によつて得られた裏金という、そのような行為自体法律上禁止されているような場合には、法人税法は、かかる裏金による簿外の政治献金につき、少なくとも法人税法上の寄付金の取扱いでは損金算入を許さないと解するのが相当であり、国は法人の社会的実在性の目的に反するような違法な結果を決して助力してはならないからなのである。

五また、他面において本件は、「被告会社がトルコ風呂を経営することについて直接必要な金と思つて政治献金をしたわけではない」(第一〇回公判における被告人の供述)と弁解し、「この金がトルコ四会社の経費になるかどうか私には良く判りません」(被告人の検察官に対する供述調書)、「私がS県に住んでいるので私個人にとつて何かと便利で都合がよい」として政治献金をしたというのである。しかも、本件各被告会社は、本件当時、東京都八王子市(T観光)、横浜市(D観光、S商事)、和歌山市(Y)を本店所在地としていたものであつて、X党S本部所在のS県とは何等の関係はない。そのうえ、被告人がS県K市に居住しているので個人的に何かと利益となるからというのであり、また、被告会社T観光の名義上の会長であるATがX党の関係者であつて同人から被告人の居住地の政党支部に政治献金を求められたというのであるから、むしろ、損金として支出した寄付金であつたとしても、その法人の役員等が個人として負担すべきものと認め得べきものである。従つて、法人のみなし役員としての被告人個人において負担すべき臨時的な給与(賞与)とみることもできるのであるから、いずれにおいても損金算入は許されないこととなる。

六右によつて本件政治献金につき寄付金による損金算入が許されないとすると、右献金分に該る金額について、各被告会社の寄付金損金不算入額たる収益の金額が減少する反面、政治献金に該る部分の寄付金(損金)を否定する結果、逋脱所得が増加することとなる。

ところで、検察官が冒頭陳述によつて逋脱所得の内容を個々の勘定科目ごとに具体化したとき、その各項目は訴因をなすと解すべきであるが、審理の結果、裁判所がこれと異なる認定をする場合に、当該損金科目の金額を控除した結果、逆に当該事業年度の逋脱所得が増加する場合には訴因変更を要するものと解すべきところ、検察官は第一一回公判において、政治献金につき、事業上の損金に該らない(被告人個人の政治献金)とした場合、検察官としては、寄付金に該る分について訴因を変更して逋脱所得を増加させるかどうかとの点につき求釈明なしたところ、逋脱所得を増加させるために訴因変更はしない旨釈明したので、結局、右政治献金に該る寄付金分(被告会社T観光の昭和五一年二月期三八〇万円、同D観光の昭和五〇年一〇月期一九〇万円、同S商事の昭和五〇年六月期二五万円、同五一年六月期七〇万円、同Yの昭和五一年四月期二八五万円)の各金額については、右訴因に拘束される結果、(最高裁判所昭和四〇年一二月二四日第三小法廷決定、刑集一九巻九号八二七頁参照)、被告人の利益に「訴因調整勘定」として損金とすることとした。

そうすると、各被告会社の収益とされた寄付金損金不算入額についてのみ控除することとした。

(被告会社Yの昭和五〇年四月期の逋脱税額の計算について)

被告会社Yは、昭和五〇年四月期の所得につき欠損申告をなし、併せて「預貯金の利子等にかかる控除所得税額」二〇八〇円の還付を受けており、更に、公表上、法人税額から控除される所得税として右と同額を所得に加算している。そこで右金額は、本件逋脱税額からこれを控除すべきであるから、実際の法人税額は、検察官の主張する二二八一万三二〇〇円ではなく、右金額を控除した二二八一万一一〇〇円となる。

なお、検察官は、被告会社Yの昭和五〇年四月期の申告税額につき、還付のなきものとして扱つているので、右は、被告人の利益に従い、申告税額の算出上は右還付税額はなきものとして扱い、その結果、逋脱税額は二二八一万一一〇〇円となる。

〔量刑の理由〕

(情状)

(被告人に対し刑の量定において懲役

刑につき「実刑」を相当とした理由)

本件量刑に際し、検察官において被告人に対し、諸般の事情を考慮し「実刑」が相当である旨主張し、これに対し弁護人は、経歴、トルコ業界に入つた動機、本件犯行の動機、租税知識の無知、本件逋脱金額の使途、日本国の治安維持、公安行政に寄与し、日某両国親善を目的とする文化交流に貢献したこと、質素な家庭生活、個人財産を売却し法人税納入資金に充当したこと、経理組織の改善、同情すべき家庭事情、同種前科なく、改悛の情があり、再犯の虞れのないこと等を各列挙したうえ、本件は執行猶予に処すべき相当の事案であるとして、両者において鋭く対立している。

当裁判所は、後記のとおり、被告人に対する有利な情状をすべて考慮しても、なお、本件は懲役刑につき「実刑」に処するを相当にして、かつ、真にやむを得ないものと思料した次第である。

以下その理由を開陳することとする。

一租税逋脱犯(直接税)に対する処罰の基本的理念

(一) わが国においては、昭和一九年頃までは、租税犯に対する処罰として税法罰則が採用していた刑罰は、一貫して罰金または科料による財産刑のみであり、いわゆる定額財産刑主義が採用されていた。そこで、租税犯に対する処罰は、一般刑事犯に対する処罰のように罪悪性を処罰するためのものではなく、国家に財政上の損失を生ぜしめないことを担保することを目的としていた。従つて、それは国家の租税収入の確保という行政目的の遂行を担保せしめ、実質において、国家に対し損害を与えたものとして、その損害を賠償させることにあつた。

しかしながら、昭和一九年の罰則の改正により、先ず間接税に自由刑及び両罰規定が採用された。更に、昭和二二年に至り、直接税に対し、これまでの「賦課課税方式」から「申告納税方式」が採用され、これを契機に、直接税(法人税、所得税)においても自由刑及び両罰規定が採用されるに至つた。そして右の定額財産刑主義が廃止されたため、租税逋脱犯の自然犯化が顕著となり、ここに、責任主義に基づく刑事制裁という考え方が明確となつた。すなわち、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目して、これに対して制裁として刑罰を科することになる。

従つて、その意味において、租税犯処罰の目的は、右の「申告納税制度」との関連において理解すべきこととなる。すべて国民は納税の義務があり(憲法三〇条)、自己の責任において所得を計算し得られた税額を申告し納税しなければならないから、一人が免れれば他も免れようとするため、租税逋脱犯は極めて悪質な伝播性の強い犯罪といえる。そのため、かかる経済的利欲犯に対する刑罰は、脱税者の発生を防止するに効果的な刑罰でなければならないという特色がある。換言すれば、「正直に納税申告した者が馬鹿をみる」というようなことがないために一般予防の面として刑事制裁を科するという特質がある。

また、特別予防の面をも考慮する必要がある。それは逋脱犯に対して、営業目的、経歴、納税の状態、逋脱の動機、手段方法、罪証隠滅の有無、逋脱税額、逋脱率、申告率、犯則所得の使途、当該犯行関与の程度、再犯の虞れの有無(経理の改善)、改悛の情の有無等が刑の量定にあたり考慮すべき要素である。

右の両面をふまえたうえで量刑を判断すべきものであるが、租税逋脱犯は、その基礎に「申告納税制度」が存在しているのであるから、従つて、特に、(1)逋脱にかかる不正手段の態様において、それが申告納税制度の根本を否定する程の反社会性、反道徳性を有するものであつて、一般国民の納税意欲(納税論理)に著しく支障を生ぜしめる程の悪質性が認められるか、(2)逋脱税額が著しく多額か(逋脱率)、その者が税制上優遇されているか、特に申告にかかる所得金額との開差が大きいか(申告率)の各事実の有無が刑の量定にあたつて特に考慮されなければならない。後者については、特段の理由のない限り、納税者の意識において脱税許容度の高い者程、実際所得金額と申告所得金額との開差が大きくなると考えられるから、行為者の申告率の算定も、納税に対する意識、反社会性の程度の判定に欠くことができないからである。

(二) 従来、租税逋脱犯においては、有罪とされて科された懲役刑について、刑の執行猶予を付されることがほとんどであつて、むしろ、併科された罰金刑によつて、犯情により逋脱した税額と同額までの財産刑を科することによつて金銭的制裁を加えることが刑政目的に合致する所以と説く者も少なくない。

その背景には、かつての「賦課課税制度」以来の国庫に加えられた損害の賠償を図るという理念が根強く残つていたものとおもわれる。

あるいは租税逋脱犯は、国家の国民に対する課税権、租税請求権を侵害するものであるとか、国家に対する詐欺であるという考え方もある。右によれば、被害が回復さえすれば法益侵害は回復されたとみることとなり、脱税が発覚しても、行為者たる納税者において修正申告をなして納税し、併せて行政罰としての重加算税を納付し、刑事罰として罰金刑が科され損害が賠償されれば、国家の課税権は修復されたということになろう。

しかしながら、もし、その所得秘匿行為の態様において、著しく反社会的、反道義的な行為、手段と認定できるものであり、かつ、その逋脱した金額とを併せみれば、他への悪性の伝播性が窺われ、誠実な納税申告者をして、その納税意欲(納税倫理)を著しく阻害させる程の悪質性が認め得る限り、かかる行為者に対しては、責任主義に基づく刑事制裁としてそれ相応の懲役刑を科する必要があるといわねばならない。

けだし脱税が発覚すれば、単に、金を支払えばよいということであれば、法を軽視する風潮を生み、かえつて懲罰の目的に背反する結果を生ずる虞れなしとしない。

また、懲役刑についても、刑責の軽重の如何を問わず、一率に刑の執行猶予を付することになれば、犯罪と刑罰に関する一般社会の正義観念が損なわれ、法の尊厳性を危くさせることになる。換言すれば、租税法秩序の基礎である申告納税制度のもとに一般納税者の納税意欲(納税倫理)を著しく損わせ、誠実な納税者だけが馬鹿をみることとなるから、反社会性、反道徳性の強い事案に対しては、法の正義の観念からも刑の執行猶予は許されないといわねばならない。

納税はすべての国民の義務であり、租税は国民全体の利益の増進のために存するものであるから、その義務に違反することは、結局、国民全体の犠牲において、行為者のみが不当に利益を得ることになる。従つて、租税逋脱犯の被害者は、究極のところ、国民全体であるといえるので、租税逋脱犯の実質は反社会的犯罪であるともいえる。それ故に、租税逋脱犯のうちでも社会的非難の強度なものに対しては、一般刑事犯と同様な重い刑責を負わすことも考慮する必要がある。

申告納税制度においては、納税者の申告した数額によつて国の租税債権が確定する本質をもつ。納税は、国民全体の利益を増進せしめるために納税義務者各人に公平に求められるべき負担であるから、従つて、国民は自己の責任において所得を計算し、誠実に納税申告をしなければならない。

そのために、申告納税制度は、一面において、たとえ、一人といえども他の納税者の犠牲において不当に利得することは許されないとする理念を有しているとともに、もし仮に、そのような者がいれば、それは公平な負担に反するものとして社会一般から強い非難を受けることが要請されているということを認識すべきである。

また、他面において、申告納税制度のもとでは、主権者としての納税者たる国民は、自己の納付した税金が、その後、果して国民全体の利益にすべて還元されるように、行政上正しく運用されているか、その使途を監視することができるといわねばならない。

これが、民主主義社会では「脱税は最悪の犯罪」といわれる所以であり、また、民主主義のもとにおける申告納税制度の構造なのである。

二本件逋脱犯の特質

(一)  (不正手段の態様と被告人の役割)

(1) 本件は、被告人において、叙上認定したとおり、各被告会社の実質経営者として業務全般を統括し、多額な入浴料収入を除外して簿外預金を設定する方法を以て所得を秘匿したうえ、虚偽過少申告に及んだものである。

本件は、収益につき入浴料収入(売上)の除外という一点を捉え、これを逋脱所得として構成しており、そこには法解釈上の疑義も存しない。

被告人は本件各被告会社における名義上の代表取締役ではないのみならず、一切の役員にも就任せず、その背後にいて、本件脱税工作の全般を指揮し、入浴料収入はすべて被告人のもとに集中せしめるという方法をとつている。

このように、外形上一切の名義を伏せていることにつき、被告人は、トルコ風呂を営業しているため、昭和四八年に売春防止法違反で検挙された前科のあることから、各被告会社の名義人とはならなかつた旨弁解する。しかしながら、確定申告書上の同族会社判定のための株主名義をみると、それは、売春防止法という犯罪の検挙とは関係ないにもかかわらず、被告会社T観光分を除いては、自己の名義のみならず、家族名義さえも用いず、すべて虚偽の他人名義を記載している。

また、本件脱税が発覚するや、被告人は右名義人ではないことを以て、各被告会社の実質経営者はすべてATであり、右ATが実権を握つて脱税を指示したものと虚偽の申立てをなし、昭和五一年にすでに死亡していたATに全責任を転嫁させるべく弁解し、また、関係者等を集合せしめ、同人等に同一内容の罪証隠滅行為を指示した。

なお、Lの当公判廷における供述は、同人が被告人に雇傭されたことがあり、金銭的援助を受け、かつ各被告会社の主要な取引先であることからも、被告人の面前における当公判廷の供述は、同人の前掲検察官に対する昭和五三年四月二三日付供述調書と対比し信用し難い。

このような、法人の代表者名義を秘して各地に法人を経営しながら、全く別会社の如き外形をとつているとき、脱税が発覚し検挙されても、その一部の法人にとどまり他は隠蔽される虞れが少なくなく、その方法は容易に模倣されて他へ伝播される虞れが極めて強いというべきである。

以上認定した被告人の本件前後のあらゆる事情をみれば、被告人において各被告会社の代表名義人とならず背後に隠れたことは、そこに逋脱の意図をも有しているものと推認し得るといわざるを得ない。

法人を設立し自ら代表者となるということは、企業責任を自覚することを意味する。自己の利欲のみを追及して、他人に責任を転嫁させ、責任を免れようとする所為は、法人制度に対する著しい挑戦といわざるを得ず、法人税法の秩序を乱し、申告納税制度を根本から破壊することともなり、誠実な納税者の納税意欲(納税倫理)を失わしめる虞れがいたつて大きいといえよう。

しかも本件は、被告人において検挙されるや、実質経営者であることを否認した後に自白し、その後公訴提起されて第一回公判においては、これを認めて法律上の責任は何ら争わない態度を示していながら、保釈を許されるや、第二回以後に至り、突如、法人の代表者たる名義人でない以上、法律上の責任はないから公訴は不適法であるとして争い公訴棄却を求めている実状にある。

(2) また、脱税の手口をみると、実際額の記載された入金伝票・売上帳のほかに、公表用の入金伝票、現金出納帳を作成したうえ、右実際額の記載された入金伝票はこれを廃棄しており、更に、各被告会社の売上金は現金のまま被告人のもとに集中させてこれを管理し、入浴料収入(売上)除外も被告人とLの両名のみで行ない巧妙に脱税の発覚を防いでいたものである。

(二)  (逋脱税額、申告率)

本件は、被告会社四社合計一一事業年度で逋税所得額一二億四九二七万四七八五円、逋税税額において四億八九〇九万五八〇〇円という著しい多額である。

これに対する申告所得は四社合計で、欠損額△六〇四万二三八九円、申告額六七二万六三六三円、差引所得額は僅か六八万三九七四円、納税額は一八八万二〇〇円にすぎない。その逋税率は約99.6パーセントであり、申告率は全く納税をしないに等しいものといわざるを得ない。

しかも、各被告会社のうち、D観光、S商事、Yは毎事業年度ほとんど欠損申告をしている。

かかる事実をみると、納税義務を負う一般国民をして、誠実な納税意欲(納税倫理)を全く失わしめるものといえる。

三被告人の一般的情状

次に被告人の情状として(一)経歴、(二)本件犯行の動機、(三)税に対する認識の程度、(四)逋脱の反復的性格、(五)証拠隠滅行為、(六)売上除外金の使途配分を各検討するととも、被告人の有利な情状をも併せ検討してみよう。

(一)  経歴

被告人は昭和一一年某国に生れ、四才の頃両親と共に来日し、中学卒業後、店員、セールスマン、運送業等を経て昭和四一年頃、都下日野市に於て個人パチンコ店を開業し、同四六年これを会社組織とするためT商事株式会社を設立した。その後、昭和四七年五月、トルコ風呂を経営するため、Nと共同してT観光株式会社を設立し、川口、横浜両市内でトルコ風呂を開業したのを始めとして、昭和四九年に至り有限会社D観光、同S商事、同Yを買収してトルコ風呂営業をなし、同四九年一〇月、有限会社TS観光を設立し、国分寺、横浜で「クラブK」を営業、同四九年一一月、I警備保障株式会社を設立、同五〇年一一月T興業株式会社を設立し、関連企業への不動産の賃貸をし、同五〇年一二月有限会社M商事を買収し、八戸市でパチンコ店を営業、同五一年三月T食品株式会社を設立し食料品の材料販売をなしている。

また、個人名義で昭和四八年春頃よりT政経ジャーナルの名称で旬刊新聞を発行している。これら関連企業を「Tグループ」と称したうえ、被告人が「会長」となり、これら企業の実質経営者として現在に至つている。

なお、被告人には、〈中略〉、同四八年に売春防止法違反で罰金一〇万円に処せられた前科がある。

(二)  本件犯行の動機

弁護人は、被告人において本件犯行に出た動機は事業規模を拡大することによつて、各被告会社並びにグループ関連各会社に所属従事する多数の職員、及びその家族の生計の維持安全をはかり、将来はトルコ業界から離脱して社会的に有用な事業に転出する展望のもとに、当面簿外資産の蓄積の必要から犯行に及んだものであり、また、税に対する認識が非常に低かつたため、それ程深刻に考えずに今日まできてしまつた旨主張し、被告人もこれにそう供述をなしている。

しかしながら、右は要するに、自己の支配する関連ないし傘下の企業の事業規模を拡大し他の事業に進出するために簿外資産を蓄積しようとした事業欲を表明するにとどまり、私企業の利益拡大を目的としたにすぎない。

(三)  税に対する認識の程度

被告人は「税に対する無知がこの結果を招いた」「税ということについては余り考えていなかつた」「税に対し無知というより全然知らなかつたことがこの事件を起した」と弁解するが、本件以前からも逋脱を反復する性格を有していたことは後記認定のとおりであり、「まともにやつたら税金を払うために事業をするようなもんじやないか」と語つていた事実等は、被告人の税に対する認識の程度を示すものといえる。

(四)  被告人の逋脱の反復的性格

(1) 被告人は、昭和四六年暮頃、西八王子において「Tセンター」を経営していたところ、かねて売上除外を同店経理担当マネージャーKに指示し実施させていたが、税務調査を受け右売上除外の帳簿を発見されるや、税務署への言い訳の手段として、除外額は同人が売上金を勝手に横領していたという筋書きを仕組み、同人をして逃亡したことにするため姿を隠させる必要から、被告人において用意していたマンションにかくまつた。なお後日、同人に対し「お前の失敗で何だかんだで一〇〇〇万円近く使わされるはめになつた」と文句をいつた事実が認められる。

(2) 本件事業年度である昭和五〇年四月頃、所轄税務署から、有限会社D観光と同S商事に対し税務調査があり、原始記録の提出を求められたが、破棄して存在しないと申立て、取引先の反面調査の結果、取引先からのタオルの本数と公表された売上額との不突合を指摘され有限会社S商事に対し一期分三六〇万円の経費否認を受けた。有限会社D観光に対しては売上除外と認定された第一期分八一〇万円、第二期分四七〇万円、第三期分四一〇万円合計一六九〇万円の別途利益を算定され、修正申告を勧奨されたが、M税理士を介し「こんなことは絶対に受け入れられない」として五回程税務署係官と交渉させたうえ、徒労に終つたため、やつと修正申告に応じた事実が認められる。これらは、逋脱の反復的性格を示すものといえる。

(五)  罪証隠滅その一(実質経営者の否認)

叙上認定のとおり、被告人は、本件逋脱が発覚するや、各被告会社の代表者名義人でないことから、実質経営者は、すでに死亡したAT会長であつて、同人が脱税を指図したと虚偽の申立をなしたり、または、関係者等に指示して、口裏を合わせて右の罪証隠滅行為を行なわせている。

罪証隠滅その二(国税局係官の上司に陳情し、架空の簿外費用の存在を申立てこれを認容させていたこと)

検察官は、「被告人等による証拠隠滅工作」として架空の簿外費用を支出していた旨、ことさら架空の事実をつくり上げて罪証の隠滅を図つた旨主張し、これに対し、弁護人は、ホステス募集のための費用として支出していた旨の申立ては、被告人等の発想にかかるものではなく、国税局側の好意的指導によるアイデアである。右のホステスの費用として毎期二〇〇〇万円がかかる旨記載した上申書や、その他に、押収された手帳に記載されていた「NA」に対し支払つた毎月三〇〇万円(三期分一億八〇〇万円)の相手先は実は被告会社のT観光の顧問であるTOであつて、同人に対する顧問料であるから認めてもらいたい旨記載した上申書の作成経過も、担当調査官により同内容の原稿を示されたので、単に被告人等がこれを清書したにとどまる旨主張し、罪証隠滅の有無につき両者対立している。

そこで右の点につき検討するに、Hの検察官に対する昭和五三年四月二一日付供述調書、被告人の当公判廷における供述、証人Wの当公判廷における供述によれば、係官である同証人が右上申書の原稿を書いた事実は認められるが、それは被告人等から国税局の上司に対し所得金額を減らしてもらいたい旨陳情があり、上司からの指示で、右係官が右陳情の趣旨にそつて文章をまとめたにすぎなかつたこと、被告人やHは、右原稿の内容が事実に反することを知悉していながら清書して提出したものであることが認められる。

右の事実によれば、被告人の行為は、税を過少に認定せしめんとする意図に基づく罪証隠滅行為ということができる。

しかしながら、本件は、検察官の捜査によつて事実が明らかにされた。すなわち、国税局段階における右陳情の内容である上申書に記載されているような、ホステスの募集費として毎事業年度において二〇〇〇万円を要したとか、あるいは押収された被告人の手帳に「NA」毎月三〇〇万円、支払いとされているのは、被告会社T観光の顧問である代議士TOに対し支払つたものであるということは全く虚偽であつて、そのような事実はなく、右「NA」とは、叙上認定のとおり、Nであつて、同人に対し手交したものであることが明らかにされて、国税局では認容していた損金を検察官において否認して逋脱所得を算定のうえ公訴が提起されている。

従つて、国税局の段階では、右陳情に応じて真相を充分に調査もせず、虚偽の申立てを認容した右各期二〇〇〇万と、毎月三〇〇万円三年間合計一億八〇〇万円の金額は、その後の検察官の捜査によつて真実が明らかとなり、結果として罪証隠滅の効果はなかつたのであるが、本来、厳正であるべき査察調査が、右のような外部からの陳情によつて安易に、真実と違つた認定がされている経緯につき、当公判廷に出廷した国税局係官である同証人の供述によれば、要するに「いわゆる“えらい人”を連れてきたんじやないかともおもわれるが、担当の統轄官より、もつと上のような感じを受ける上司のところへ二回にわたつて陳情にきて、それを契機として取扱いが二度にわたつて変更され、「NA」支出については当初は全部所得に入れていたのを最初の段階で各期二〇〇〇万円のホステス募集費を経費として認容したこと、第二段階では「NA」の金額の全部(一億八〇〇万円)を顧問料であるというかたちで経費として認容してしまつたものであること、これについては積極的に裏付けるような証拠資料はなかつたが、あえて認めたものであること」が認められる。更に、右四通の上申書の受付印についても、同証人の供述によれば、正確であるべき公印である「国務局査察部」の受付印の日付を遡らせて真実と異なる日付で処理されている事実が認められる。これら査察調査の行政の実態につき、右国税局の処理は、納税者である国民の税務行政に対する信頼を著しく裏切る行為であり、これらは厳に戒しむべきであるが、被告人においても、代議士であつた亡TOが被告会社T観光の顧問であつたところから、右政治家の名前を利用して、自ら罪証隠滅行為を図つた責任は重いといわなければならない。

(六)  売上除外金の使途配分について

弁護人は、一般に法人税逋脱事件の場合、その逋脱額のほとんどが代表者個人の利益のため、すなわち、個人の資産の獲得に費やされるものであるが、本件では、被告人は、そのようなことは全くなく、そのほとんど大部分を所謂Tグループ各会社の設立出資金、貸付金、恩人等への貸付金、その他被告会社の簿外経費として充当していることをみても、被告人において自己の個人的利益を目的として着服し、あるいは費消した事実は全くなく、ただ関連各会社の発展のために簿外資産を活用していたことを特に情状において考慮されるべきである旨主張している。

しかしながら、本件売上除外金の使途配分先の各関連企業は、いずれも被告人において設立しまたは買収したものであつて、これらの会社を「Tグループ」と称し、被告人が「会長」として、すべて個人として実質的に支配しているものである。被告人は、事業規模を拡大し次々に新しい事業に進出するために簿外資産の蓄積が必要であるとして多額の入浴料収入(売上)の除外を行なつていたのであるからこれら関連企業へ出資、貸付をすることは、実質的にみれば、自己の事業を拡大するためにその資金をつぎ込んだにすぎず、その収益は究極には被告人個人に帰属するものである。

そもそも、使途配分先が公益法人であつて、寄付した後は、その個人の自由な意思による処分が制約されるような場合と、本件のように、自己の支配する営利法人に出資し、飽くなき利潤を追及する場合とでは両者は全く異なるものであつて、それを混同してはならない。本件は実質的には、自己の利益を確保する手段にすぎないにも拘らず、全く個人的利益は図つていないとする考えは、まさに右の本質的差異を看過していることを銘記すべきである。

(被告人の有利な情状)

翻つて、被告人の有利な情状を検討するに、

1  被告人において個人財産を売却して法人税本税の納入を図り、各被告会社において各修正申告をなしていること

2  各被告会社の経理を改善せしめ、再犯防止のための財務経理方法を採用していること

3  家庭の事情において病妻を抱えていること

4  同種の前科のないこと

等の事情が存することは、被告人にとつて有利な情状ということができる。

(責任の重さ)

以上のとおり、被告人の本件犯行の不正手段の態様、その役割、逋脱税額、申告率のほか、本件犯行の動機、税に対する認識の程度、逋脱の反復的性格、罪証隠滅の有無、売上除外金の使途等を考察し、その犯情を考慮するならば、叙上の被告人の有利な情状、及び弁護人の主張する種々の情状を充分配慮しても、なおその責任はいたつて重いといわざるを得ない。

(結語)

当裁判所は、大要以上に述べた諸般の情状を考慮し、結局、前記宣告刑を相当にして真にやむを得ないものと認め、かつ、被告人に対し刑の執行猶予を相当とする事由は見出し得ないと判断した次第である。

(法令の適用)

被告会社T観光株式会社につき

いずれも法人税法一五九条一項、二項、一六四条一項。以上は刑法四五条前段の併合罪、四八条二項。

被告会社有限会社D観光につき

いずれも法人税法一五九条一項、二項、一六四条一項。以上は刑法四五条前段の併合罪、四八条二項。

被告会社有限会社S商事につき

いずれも法人税法一五九条一項、一六四条一項。以上は刑法四五条前段の併合罪、四八条二項。

被告会社有限会社Yにつき

いずれも法人税法一五九条一項、二項、一六四条一項。以上は刑法四五条前段の併合罪、四七条二項。

被告人Rにつき

いずれも法人税一五九条一項(いずれも懲役刑選択)。以上は刑法四五条前段の併合罪、四七条本文、一〇条(判示別表番号2の罪の刑に加重)。刑法二一条を適用し未決勾留日数のうち四〇日を右の懲役刑に算入。

訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

別表

番号

被告会社

事業年度

(昭和

年月日)

申告日時

(昭和

年月日)

実際所得金額

(円)

正規の法人

税額A(円)

申告所得金額

(円)

申告法人

税額(円)

AとBとの差額

(円)

1

T観光

株式会社

49.3.1~

50.2.28

50.4.25

197,108,754

78,120,500

2,470,154

688,900

77,431,600

2

50.3.1~

51.4.30

51.4.30

216,906,121

85,922,400

1,467,581

410,700

85,511,700

3

51.3.1~

52.2.28

52.4.28

210,075,941

83,190,000

1,608,361

450,200

82,739,800

(小計)

624,090,816

247,232,900

5,546,096

1,549,800

245,683,100

4

有限会社

D観光

49.11.1~

50.10.31

50.12.27

90,055,974

35,182,000

△1,559,466

0

35,182,000

5

50.11.1~

51.10.31

51.12.28

66,031,888

25,572,400

△308,372

0

25,572,400

(小計)

156,087,862

60,754,400

△1,867,838

0

60,754,400

6

有限会社

S商事

49.7.1~

51.6.30

50.9.11

67,104,404

26,001,600

△3,875,796

0

26,001,600

7

50.7.1~

51.6.30

51.8.31

47,841,513

18,296,400

△81,007

0

18,296,400

8

51.7.1~

52.6.30

52.8.31

28,687,667

10,634,800

1,180,267

330,400

10,304,400

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